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宝塚市 いまい内科クリニック
今井 信行

 

『婦人之友2000年12月号』に掲載
婦人之友のホームページ

http://www.fujinnotomo.co.jp/

 「私は透析を始めて約1年半経過しました。人間の体の一部の臓器が不全になつても、多くの人々が恩恵に浴することが出来る透析という医療技術には強い尊敬と感謝の念でいつぱいです。と共に戦中戦後を生き抜いて今日の時代に恵まれた運をつくずく感じます。」

 冒頭の文章は、ある透析患者さんから頂いた、電子メールの内容です。73才という高齢ですが、腹部大動脈瘤の大手術や大腸ポリープの手術を受けておられます。大きな病気を経験し、また今なお透析という治療を継続されながらのこの患者さんのコメントに、私たち透析医療に従事するものはあらためて鼓舞される思いです。
 あなたは透析という治療をご存じでしょうか。透析療法は、腎臓という臓器が働きを失った方の腎機能を代行する治療です。普通、二本の太い針を内シャントと呼ばれる血管に穿刺し、一回におよそ4時間をかけて血液の浄化を行います。このような治療が週に3回繰り返されます。随分時間がかかる治療で、患者さんにも負担を強いる治療ではありますが、冒頭の文章にもありますように、その結果、人間の体の一部の臓器が不全になっても生命を維持し、社会復帰を可能にする治療でもあります。
 不全という名が付く病気は、心不全、肝不全などたくさんありますが、いずれも透析療法にあたるような支持療法をもたないが故に、臓器移植以外にはそれぞれの患者さんは腎不全患者さんほどには、社会復帰は進んでいないのが現状でしょう。日本ではこのような透析療法の普及から、透析患者数が増加しています。現在その数は20万人に達します。およそ国民600人あたり一人の透析患者さんがおられる計算になりますから、決して透析療法を受ける方は珍しい方ではなくなりました。本稿では、そのような透析療法の現状を御紹介するのが目的です。

  最初にまず簡単に腎臓の正常な働きを紹介します。
<腎臓の機能>
 腎臓にはたくさんの役割がありますが、代表的なものはやはり尿をつくり体液量を一定にする働きです。たくさん水を飲んだときには、希釈された尿を排泄し、一方水分の摂取が困難なときには尿を濃縮することで、体のむくみや脱水などを起こすことなく、体液量を一定にするように働きます。さらに体液量を一定にするだけでなく、その組成も一定に保ちます。ですから人間はビールを大ジョッキで何杯も飲んだとしても、あるいは砂漠を旅行したとしても、体液の量や組成を著しく変えることなく過ごすことができます。その他にも人間にとって基本的な栄養素であるタンパク質を摂取した際に、タンパク質に含まれる窒素を尿素の形で排泄し、体の中に尿毒素とも称される窒素代謝物が蓄積するのを防ぎます。これらが腎臓の代表的な働きですが、これを医学的には生体の内部環境の恒常性を保つと表現します。
 それ以外にも腎臓はレニンと呼ばれる昇圧物質を分泌して血圧の調節を行ったり、エリスロポエチンと呼ばれる物質を分泌して赤血球を産生して貧血を予防したり、ビタミンDを活性化してカルシウムを取り込み、骨を丈夫にするなど内分泌臓器としての働きもあります。

<腎臓の構造>
 腎臓は腰椎の左右に一つずつある長径10cmほどの臓器ですが、腹部大動脈から分岐した腎動脈は腎臓の中で無数の分岐を繰り返します。細小動脈に至った後、糸球体と呼ばれる特殊な構造をとります。糸球体は動脈の一部が変化したものですが、その糸球体動脈の内面を内皮細胞と呼ばれる細胞が覆いますが、内皮細胞には比較的大きな窓が空いています。この窓を通って上述の液性成分や老廃物などが血管内から尿細管へ排泄されますが、穴が大きければ物質の移動は容易です。
 腎臓は糸球体で多くの老廃物を一度大量に濾過したうえに、尿細管と呼ばれる部分でそのほとんどを再吸収し、体に必要なものを取り返すことで排泄機能とともに内部環境の恒常性を維持します。この糸球体で濾過される量(原始尿ともいわれる)は、一日140リットルにも達し、それは人間の細胞外液量の10倍以上にも当たります。そして驚くべきことに、その99パーセントに当たる量が腎臓で再吸収を受けるので実際に尿として体外に排泄される量はおよそ一日1リットルに過ぎないことになります。このように一見無駄とも思えるような、濾過と再吸収を行うことで、人間の体液はその恒常性が保たれるのです。

<人工透析の原理>
 人工透析は、上述の腎機能のうち老廃物を濾過する機能を代行できるにすぎません。糸球体に当たるものがダイアライザーと呼ばれます。髪の毛ほどの細さのホローファイバーと呼ばれる中空糸がおよそ1万本も束ねられています。このホローファイバーの中を患者の血液が流れ、ホローファイバーの外周を老廃物を含まない清浄な透析液が流れます。ホローファイバーには、内皮細胞の窓にあたる細かな穴が空いており、老廃物はこの穴を通って濃度に応じて(拡散という言葉で表現されます)、あるいは漉し出される余剰な体液の移動に応じて(濾過という言葉で表現されます)移動します。
 腎不全患者さんは腎機能が廃絶していますから、尿を生成することができません。人間はおよそ一日に1リットルの尿を排泄しますから、一日尿がでなければ、体重は1Kg増加することになります。そしていろいろな食事を摂取した結果、体内には窒素代謝物が蓄積します。透析療法はこの増加した体液を除水し、蓄積した窒素代謝物を除去する役割を演じます。
 昔のダイアライザーは、小分子を移動させるのが精一杯でしたが、最近の工学技術の進歩から、中空糸により大きな穴をあけても、ホローファイバーの強度が保たれるなどの進歩を繰り返し、より大きな分子を除去できるようになってきました。またホローファイバーは絶えず血液と接触しますから、生体にさまざまの影響を与えることも注目されています。生体への影響のより少ない合成高分子膜からなるダイアライザーが開発されてきました。現在のところβ2マイクログロブリンなどで代表される、分子量1万程度の物質まで除去が可能となりました。
 このファイバーの外周を透析液が流れます。前述のようにホローファイバーの穴が大きくなり、物質の移動がより容易になると、逆に透析液から生体内への物質の移動が問題になり、いかに透析液をクリーンに維持できるかがますます重要になってきています。実際の透析では、このホローファイバーを中心にして、透析液のながれは厳密に密閉された閉鎖系をつくっています。そして必要な水分量がポンプで除水されるわけですが、マイクロコンピューターやさまざまの安全機構が設置されていて、最近の透析器は除水量を細かに制御しています。

<透析生活の自己管理>
 このように機器の進歩はめざましいとはいえ、透析療法は腎臓の多くの機能のうち、余分な水分を排泄し、たかだか分子量一万までの老廃物を除去するという排泄機能を代行することしかできません。一度排泄したもののうち必要なものを再吸収したり、さまざまのホルモンを分泌したりすることはできないのです。このように透析療法には限界があるわけですから、その限界のなかで安全に生活できるようにある程度の自己管理が必要になってきます。透析療法を開始したから、もうそれですべて機械におまかせしても良いというわけには行かないのです。いくつかの自己管理が必要ですが、多くは食事に関連するものです。
 まず、一度の透析療法で除水が可能な範囲で水分を摂取してもらう必要があります。透析療法に当たっては標準体重というものを決めますが、これはそれ以上除水すると血圧が低下してしまうような体重をいいます。透析終了後から次回の透析治療までの間には、およそこの標準体重の5%程度の範囲で水分を摂取していただく必要があります。普通は一日およそ700-1000mlの水分摂取量になります。これ以上に水分を摂取すると、体重増加が多くなり、一回4時間の透析では除水しきれないとか、体内に水分が溢れ、心不全など危険な状態に陥ります。この摂取水分量は患者さんの尿量の多寡にても変動しますが、一般の健康人は平均2000mlぐらいですから、およそ水分摂取量を半分程度に押さえて頂かねばなりません。
 また腎不全では尿がでませんから、健常人では尿中に排泄されるカリウムという電解質が体内に蓄積しやすくなります。カリウムの上昇は筋肉ことに心臓の興奮性につながり、最悪の場合、不整脈から急死する危険性もありますので、カリウムを多量に含む野菜や果物などの摂取は制限したり、調理の工夫をする必要があります。
 短期的にはこのような水分、カリウムの管理が重要な課題ですが、長期的にはその他の電解質であるナトリウム、カルシウム、リンなどにも配慮した食生活が必要です。また最近あらためて強調されていますが、透析患者における栄養障害が注目されています。一般には透析患者の必要エネルギー量は30-35Kcal/Kgとやや高めが勧められています。このように透析には自ずと限界があるわけですから、様々な自己管理が求められるわけです。
 また尿細管が演じる体に必要なものを再吸収する機能や、各種のホルモンを分泌するなどの内分泌機能は代行することができないのですから、エリスロポエチンや、活性型ビタミンDなどお薬を用いて、適切な全身管理をする必要があります。
 このようにいくつかの自己管理が必要ではありますが、患者さんによっては就職が適い職場復帰される方もいらっしゃいますし、また国内のみならず海外旅行に出かける方もたくさんいらっしゃいます。

<透析患者の抱える問題>
 透析患者の死因の第1位は心血管系の合併症です。一般に透析患者は動脈硬化の進行が早く、透析患者の血管は10年早く年をとると表現され、血管壁の石灰化が特徴的です。すなわち透析が長期化すると副甲状腺と呼ばれる臓器が肥大を起こし、副甲状腺ホルモンが上昇し、腎性骨異栄養症と呼ばれる骨の石灰化障害や、反対に血管壁の石灰化などの異所性石灰化を起こすことになります。このような腎性骨異栄養症や異所性石灰化の原因については様々な指摘がされていますが、腎不全によるリンの排泄障害からリンの蓄積がその一因とも考えられ、やはり毎日の食事の注意が必要になります。このように透析患者では動脈硬化の進行が早いのですが、昨今問題になるのは、最近の新規透析導入患者には高齢糖尿病患者が増加していることです。すでに1998年に透析導入の原因疾患別では、糖尿病由来の患者数が慢性腎炎患者を抜いて第一位になりましたが、これら糖尿病患者ではすでに動脈硬化病変が高度であり、透析導入によりさらに動脈硬化が進行することが懸念されます。
 また尿素窒素などの小分子尿毒症物質の除去は、満足できるものとはいえ、分子量1万を越えるβ2マイクログロブリンなどの中分子量物質の除去は未だに満足できるものではなく、透析の長期化によりこれらβ2マイクログロブリンの蓄積が、透析アミロイドーシスとして様々な骨関節障害を起こすことが知られています。このような中分子量物質まで除去できる透析膜の使用、さらに透析液の清浄化が望まれています。

<まとめとして>
 最近の医学の進歩は、透析医療を腎不全患者を単に延命生存させる治療から、20万人という少なからぬ患者を支え、長期生存を可能にする治療に変貌させました。透析という手段で、一つの臓器が機能を失っても、その先10年以上の生存を可能にしたということは、逆に今まで人類が経験したことのない新たな病態を創り出してもいるのです。
  透析患者がさらにより良い生活の質を保てるように、さらなる透析医療の進歩を願うと同時に、透析医療に従事するものは現代の標準的医療を遵守するべく研鑽に励まねばと思いますし、また透析医療を受ける患者各位におかれても、車の両輪のごとくに、適切な自己管理をもって透析生活の質を高めていただきたいと願う次第です。

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