できごと徒然
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No.0054

できごと徒然(54) − 三重尾鷲、時空をこえるヒノキの銘木 −

 

平成17年5月15日。
とある御縁を頂いて、三重県の尾鷲に近い地に、江戸時代から林業を営まれる方を訪ねる機会を頂きました。
速水林業さんといわれます。
創業が1790年とのですから、210年の歴史をもたれます。
速水林業さんのHPです。 http://www.re-forest.com/hayami/

朝、7時に宝塚を出発。
中国道、近畿道、西名阪道、伊勢道をへて紀伊半島の東側を南下します。
松阪を経て、尾鷲の手前、海山(みやま)町というところです。
険しい山々に、複雑に入り組んだリアス式海岸が迫る不思議な地形で文字通り、海と山に囲まれた地です。

「紀伊」、日本の古語では、土地の名前に2文字を当てる慣わしがあったそうですが、「木の国」に古代の人は、「紀伊」という名を当てました。ことほどさように、この地は樹木に恵まれた土地です。
また、1000メートルを越す、険しい山頂から海抜までの傾斜のきついことでも、日本に有数の土地だそうです。

この尾根の険しさゆえに、西南からの偏西風は熊野の山尾根にあたり、尾鷲の地には、乾いた空気が流れ込むそうです。
吉野は杉で有名ですが、この微妙な地理が尾鷲にヒノキの銘木を産んだそうです。

尾鷲ヒノキの年輪は相対的にはきわめて密で、強くねばりのある材質だそうです。
これは年輪の色の濃いリングは夏の後半の成長時に作られるそうですが、木は午前中に生長しますが、夏の後半、木曾などはすでに朝の気温が低くなっていますが、尾鷲はまだ残暑厳しく、しっかりと成長するので、樹脂が多い色の濃いリングが、木曾では細く尾鷲は広く成長するそうです。
木材の切り口を見るとその表面の中で色の濃い年輪部が占める面積(木全体を見れば体積)が他の地域のヒノキと比べると大きいことが
ピンクあるいは赤みに強い、脂分の多い尾鷲ヒノキができる原因だそうです。

こうしてできた年輪が密な、強さとねばりを持つ尾鷲のヒノキは、往時、江戸に運ばれ、建材として江戸の町を支えたそうです。
そのようなお話をお伺いしました。

尋ねた、速水林業さんの山林は、皇居の10倍の広さ、1000ヘクタールの広さです。
「最も美しい森林は、また最も収穫多き森林である」
ドイツの著名な林学者でプロイセンの森林監督官でもあったアルフレート・メーラー(1860年〜1922年)の言葉を掲げ、森林管理の国際規格ともいわれるFSCの認証を日本でも初めて受けられるなど、常に先駆的な試みを遂げられています。

案内していただいた、森林は素人目にもよく管理され、明るい日差しが樹木の根元を照らします。
適度に間引かれた、まっすぐに伸びるヒノキの林の足元は低木の広葉樹が覆い、陽光があたります。

森林の中ほどには、広場が設けられ、「まちかど博物館」と名づけられた資料館まで作られています。
速水林業のあゆみ、木材伐採に用いた昔の斧、のこぎりなども丁寧に陳列されていました。
すこし、山手には、「葉雨亭」と名づけられた、囲炉裏のきられた、しゃれた山小屋も作られていました。ちょっとしたおもてなしにも利用できます。
このようにあちらこちらに、林業家の森への想いが込められていると感じました。

「まちかど博物館」の前の広場に座って、林業家のお話をお伺いしましたが、幸い、お天気に恵まれ、ふりそそぐ木洩れ陽と芳しい山の香りに包まれて、なんとも穏やかな森林浴のひと時でした。

植林の生産性を上げるために、密に植林していた時代に比してこの林業家の試みは、ヒノキの植林の間隔をあけて、質の良いヒノキを産み出します。
また、木材の搬出のために、森林を開き自力で道路も設置されたそうです。
搬出路が無ければ、せっかくの樹木も伐採後は、ヘリコプターで搬出せざるを得ないそうで、そうなると益々国産木材の単価があがり、安い外材にはコスト面で適わないそうです。

このようにいろいろと林業にまつわるお話を伺っていて、もっとも印象深かったことは、ヒノキの伐採には、”80年”もの時間がかかるということです。

なにかと慌しい現代において、”80年”という時間の流れをもって生産を考える職種が他にあるでしょうか?
驚きました。
80年ということは、少なくとも自分が植えた植林を自分が収穫することは無いわけです。
自分の植えた植林を、収穫するのは間違うことなく次ぎの世代です。

世代を見越した経営が必要なわけで、そう考えると、なにかめまいがしてきて、日ごろ、目前の事柄に囚われている自分がちっぽけに思えてきました。
「世代を超えて、育むということ。」

お話を伺った林業家は、80歳を超えられた方ですが、この林業家のお話からは、自然に、この時空を越えた感覚が伝わってくるようで、淡々とした語り口に、遥かな感覚が感じられたひと時でした。

その後、切り出した木材をカットしていろいろな大きさの柱や板に加工する工場、さらにヒノキの建具を作る工場なども見学させて頂きました。
山から切り出し、こうして多くの人の手を借りて、美しく、薫り高いヒノキの細工が出来上がることがわかりました。

願わくば、この地の香り高いヒノキの銘木を身近に触れて、この時空を超えた感覚を身近に感じていたいものだと思います。

新緑の美しいこの時期に、険しい山々に複雑に入り組んだリアス式海岸が迫るこの美しい地で、世代を超えて森林を育てておられる方々にお会いすることができて、束の間の小旅行でしたが、文字通り今年のベストトラベルでした。

ご案内頂きました、皆様に感謝申し上げます。

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